お茶のお稽古

みつめる

 
 
 
 




日本に戻ったとき、一度お茶のお稽古をつけてもらった。
私の通うお稽古場では、毎回行くたびに『掛け軸』と、先生自らご自宅のお庭で摘まれた『お茶花』が床の間に飾られている。それらはお稽古をしている最中、ほとんど背を向ける方向にあるのだが、いつもそっと私たちのお稽古風景に彩りを添えている。

さて、今日はそのとき飾ってあった掛け軸の話。

お点前ばかりに気をとられすぎて、最後に先生がお話してくださるまで、昔はあまり気にもかけずにいた掛け軸。大抵は自分で読むことも出来ず、説明をきいても「はぁ」とか「へぇ」としか返事ができない私。それでも先生は根気よく解説してくださっていた。

その日も何気なくお話に上がった。今日の掛け軸は『行雲流水』。

「ゆく雲に流れる水」と書き、(こううんりゅうすい)と読む。言葉の横には、お坊さんが空に向かって、笠に手を当てながら軽く顔を上げている様子が描かれていた。このお坊さんは『雲水』という人だそうだ。その様子はまるで「さて、今日はどちらの方に行こうかな」と空を眺めながら思い巡らしているようである。先生に訊けば、つまり雲がどこかへぽかぽかと行くように、水がどこかへさらさらと流れてゆくように、何の束縛も無く、自分が思う方へ修行に行こう、と言う意味だそうである。

これを書いた人は、大徳寺の管長さんだった人だそうで、大徳寺といえば千利休の頃から茶道にゆかりのある場所。今でも代々裏千家の家元は、家を継ぐ前にそのお寺に修行にいくらしい。

何のわだかまりも束縛もなく、自分の思ったとおり修行にでかける。たぶん先生は、ロンドンへ留学している私に、この言葉を送ってくれたのかなぁ、と心の中で思った。自分の足りなさに、いま一番、悩むことも不安も多いこの時期に、「思った通りにすればいい」と応援してくれた先生の励ましは、とても胸に響いた。先生は私が突然来ると知って、こんな掛け軸をわざわざ準備して待っててくれたんだなぁ・・・と。私はまた胸が熱くなって、すこし泣きそうになりながら(やっぱり私にとって、ここで学ぶお茶は、ただのお稽古じゃないんだなぁ)と考えていた。